原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」を読んで

※これから、原田マハ著「美しき愚かものたちのタブロー」(文春文庫)の感想を書きます。一部小説の内容についてふれている部分があります。ご承知ください。
東京・上野の国立西洋美術館の根幹をなす《松方コレクション》の足跡を描いた小説「美しき愚かものたちのタブロー」。
わたしはこの小説を読んで、物語の中心にいる3人の男性が気になりました。
これからそれぞれの人物について語りながら、物語を振り返りたいと思います。
ひとり目は松方幸次郎。
松方は商用で訪れたイギリスで、ある1枚の絵画に魅せられます。それを手にしたことをきっかけに美術品の収集をはじめます。
やがて松方は日本の若者に”本物の絵”を見せるために美術館を建設したいという夢をいだきます。
松方はおおらかな人。しかし実業家として、時代の先を読む力や人の本質を見抜く能力に長けていました。
人々を引き付ける魅力もある人物。誰もが「この人の力になりたい」と思ってしまうようです。
つい「こういう人、どの国にもどの時代にもいるんだよなあ」と歴史上の人物が何人かが思い浮かびました。
そしていちばんはじめに浮かんだのは、中国・三国時代の皇帝、劉備。
あー、ダメダメ。すぐ「三国志」の登場人物に例えてしまう。わたしの悪いクセなのです……。
ふたり目は田代雄一。
西洋絵画にあこがれて美術史家をめざしヨーロッパにやってきた田代。ロンドンで松方に出会います。そしてパリで松方の美術品収集を手伝います。
日本ではまだ西洋の絵画はモノクロの写真で紹介されるのみ。そのような時代に松方とともに画廊や美術館をめぐり、”本物”を数多く目にします。
そしてついには松方とともにクロード・モネのアトリエを訪れ、モネの絵画制作の現場を直接見ることになるのです。
田代はそれらの出来事に刺激をうけ、さらに絵画の魅力に引きこまれていきます。
そして「日本に美術館をつくる」という松方の夢に共感し協力します。
田代は美術館設立ために最後まで力を尽くします。そして国立西洋美術館の開館を見届けるのです。
田代にとって松方は「この人のためなら……!!」と心から思える人なんだなあ。わたしはこの作品を読みながら強く感じたのでした。
さいごのひとりは日置釭三郎。
日置は松方が社長を務める会社の嘱託技師で、元海軍の技術士兼飛行操縦士。
松方が新事業として考えていた飛行機の開発にたずさわるため、日置はパリに渡ります。
いつしか日置は松方が収集した美術品を管理する役割を担うようになります。
松方は収集した美術品の日本への移送、および美術品の管理を日置に任せ帰国します。
しかし松方の社長辞任と第二次世界大戦の勃発により美術品の日本への移送は困難になってしまいました。
松方との連絡が難しくなる中、松方に指示されたやり方でコレクションを守ることにした日置。
フランス郊外の町にまでドイツ軍が迫るなか、日置は松方が私財を投じて収集した美術品を守り抜きます。
日置にとっても松方は「この人の力になりたい!」と思える人だったようです。日置の場合、松方は自分の生活を、人生を犠牲にしても助けたい人だったようです。
日置はそれで幸せだったのでしょうか?わたしは日置が気の毒でなりません。
ある日偶然の出来事から絵画(タブロー)の魅力にとりつかれた松方幸次郎。
松方の人間的魅力にひかれて、松方の夢のためにその身をささげた田代雄一と日置釭三郎。
松方の夢を一緒に追っているふたりもまたタブローに魅せられ、タブローのために奔走しました。
3人とも”美しき愚かもの”ということなのでしょうか?
「美しき愚かものたちのタブロー」は、原田マハがたくさんの文献を読み解き、紡いだ物語。
史実をもとにしたフィクションなのですが、まるでドキュメンタリーを見ているような迫力で描かれていることに驚きました。
わたしたちは今、日本にいながらにして世界随一の美術コレクションをみることができます。
それは絵画(タブロー)に魅せられた男たちが松方の夢を継ぎ、美術品を守ってきたからにちがいありません。
この本を読んだら、また国立西洋美術館に行きたくなってしまいました。
この秋にでも訪れてみようと思います。